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001 トラムネットワークの
日本版LRTの明日はどっちだ?
高度成長期に徹底的に排除された路面電車が近年「LRT」と名前を変えて注目されている。当初は敷設費用の安さや環境問題などで目を向けられ、最近ではLRTを敷設すれば地域が活性化するという安易な論調が目立つ。ところが、現実に交通セル方式を採用しLRTを敷設する自治体が国内にあるかというと、そういうことにはなっていない。黒字経営の難しさ、道路を削ることへの抵抗感など、いざ現実論になると止まってしまう。いわば総論賛成・各論反対に陥っている。
まずは客観的にLRTを捉えてみよう。




■ヨーロッパでよく見るLRT(次世代路面電車)

先に用語の解説から。LRT(Light Rail Transit)とは、現代風にアレンジされた路面電車システムの総称として使われている。
欧州の諸都市でも日本と同様に、一度は路面電車を廃止しモータリゼーションの波に乗ろうとしたものの、最近20〜30年で続々と路面電車を復活させ、トータルマネジメント(他の交通機関との有機的結合)により交通問題の緩和と中心市街地活性化を成功させた。この文脈で復活してきた路面電車を従来のものと区別する為にLRTという語が(少なくとも日本では)使われるようになったようだ。
その特徴をまとめると以下のようになる。
  1. LRTは敷設費用の安さ(フル規格地下鉄の10分の1以下)ばかり注目されるが、それは本質ではない。立体交差や地下路線など必要なところには資金を投入し、ある程度の速達性を担保させるように工夫している。(写真#1, #6)
  2. 低床車両を導入し、上下移動の不得手な高齢者に対応。自転車ごと乗り込めるケースも多い。
  3. 歩行者天国に乗り入れ、トランジットモールの一翼を担う(写真#2)。
  4. バス・地下鉄やパークアンドライドとの有機的結合により、交通機関同士の欠点を補い合っている。あらゆる交通手段を統括する上位の戦略が確立されていないとLRTは真価を発揮できない(写真#3)。
車道を廃して軌道を敷設した事例はヨーロッパを旅行すれば必ずどこかで見ることになるはずだ。


#1:専用軌道を走るLRV。この後地下路線に入っていく。(ケルン)

#2:トランジットモール。狭い街路から自動車を閉め出し、歩行者・自転車・LRTのみ通行可として渋滞解消と賑わい創出を狙う。見ての通り、電車にひかれそうでかなり恐い。日本では「危ないから」という理由で実現しないだろう…。(アムステルダム)

#3:地下鉄、バス、路面電車の駅が一箇所にまとまっており、乗り継ぎやすい。(ウイーン)

 #4:なんと地下で平面交差!(ウイーン)
■広島電鉄5000系LRV

さて、広島には日本最大の路面電車網が既にあり、広島電鉄という民間企業(通称ひろでん)が黒字経営を続けている。この広電が導入したのが独シーメンス社製LRV5000系(写真#5,6,7)、さらに改良・国産化した5100系(写真#8)だ。ちなみに国内でLRV導入が実現もしくは実現に向け動いているのは熊本・岡山・長崎・高知・富山・鹿児島などで、特に富山では新規路線の開業にまで至っている。(こちらを参照
だが、いくら車両が世界トップクラスであっても駅や軌道施設が進化しなくては効果が半減する。
例えば車いすに乗車してもらうには、最低でも1.5m、できれば3mのプラットホーム幅が理想的だ。また駅施設にバリアがあっては、LRVは真価を発揮できない。スロープの改良は実現可能だろうが、拡幅については現状では難しい(※)。



■広電が抱える構造的な問題

世界トップクラスの車両を導入している広電だが、その構造的な問題は全く解消されておらず、また解消する見込みもない。とりあえず車両更新でLRTっぽくしているだけとも言える。

1:路面のみを走行するため速達性に限界がある。
軌道内車両進入禁止で辛うじて渋滞の影響は受けないが、信号に制約されてしまうという致命的な欠点がある。また非常に密に運行しているため、軌道が路面電車だけで大渋滞するという事態が生じかねない。地下や高架を積極的に活用すれば解決できることだが、そういった話は聞こえてこない。

2:料金徴収を行うため、乗り降りに遅滞が生じる。
ヨーロッパのLRTでは、定期券か切符を買って乗るケースが一般的で、乗務員は料金の徴収をしない。当然タダ乗りもしようと思えばできる(タダ乗りがバレたときには高額の罰金を払わされる)のだが、どの扉からでも乗り降りできる(ドアは自分で開ける)のは非常に効率がいい。このシステムを「信用乗車」と呼ぶ。
日本の路面電車は信用乗車を採用していないので、料金を徴収する必要から、乗り降りの扉が限定されてしまい、その分停車時間が長くなる。これでは切符方式の地下鉄やAGTにスピード勝負を挑めるはずがない。乗車や下車を早くするよう促す車掌の絶叫を聞く度に、現場で対応するのも限界に達しているなと感じる。
また広島では、バス・アストラム・広電の共通カードが導入されたが、「カードリーダーに通す手間」と「複数人で使用する場合に申告する手間」が余分に生じるため、さらに時間がかかることになってしまった。目を覆いたくなる改悪だ。

追記(2007/5/20)
当の広電はもちろん問題意識は持っており、2011年度から非接触型のカード(香港のオクトパス・JRのSuica/ICOCAなど)を活用した信用乗車の導入、つまり、乗務員のいないドアからも下車できる方式を目指しているようです。もちろん実現すれば国内初となります。

3:広電だけに依存するにしては広島は規模が大きすぎる
広電では宮島線(鉄道)と市内線(軌道)の直通運転を行っているが、朝夕のラッシュは激しい。これは広島が西部の衛星都市を開発する際に十分な輸送力を確保してこなかった報いと言える。交通の専門家に言わせると100万都市の主要交通手段にするにはLRTや路面電車では明らかに輸送力不足で、できれば鉄道や地下鉄、せめてAGT(新交通システム)が必要ということになる。

4:そもそもヨーロッパ並のLRTは日本ではまず無理
欧州のLRTの場合、車内はゆったりしており、路線網は網の目のように細かく、料金の徴収は無いに等しい(無料区間を設定している街もあるくらいだ)。実際に乗ってみるとわかるが、電車と言うよりは動く歩道に近い感覚で、まさに市民の”足”になっている。これはLRTを社会共有の財産と見なし、巨額の赤字を税金等で穴埋めし続けているからこそ実現できることであって、民間企業である広電では到底不可能だ。
LRTには渋滞を減らし交通弱者を救う等の公益性があると主張したとしても、今の日本で赤字が確実のLRT運営を市民が許すだろうか? まず無理だろう。この時点で「ヨーロッパのようなLRTが欲しい」という幻想は脆くも崩れ去ることになる。現実を見据えて、何とか日本版LRTのあり方を模索していくしかない。




#5:紙屋町付近を走る広電5000系LRV。車両の数も増え、珍しい存在ではなくなった。高齢化を睨むと低床車が増えるメリットは大きい。ただし単に車両を更新しただけなので、これをLRTとは言えない。

#6:5000系を改良・国産化したLRV5100系

#7:5000系の出入口。段差はほとんど無い。

#8:5000系の車内。段差が無い代わりに車内は狭くなる。”でっぱり”を座席にして対応しているが、輸送力ダウンは否めない。

#10:改築された横川駅。JRとの乗り換えが便利になり、デザイン性も高い。欧州の駅施設に見劣りしない良質な都市ストックだ。

#11:改築された広電西広島駅

 #12:アストラムライン(AGT)は専用軌道であるため定時制・速達性が確保されているが、この高架が街路景観を害していることは明らか。

■アストラムラインかLRTか

西広島駅から都心への鉄道路線をどの手段で建設するか。広島の交通問題で長らく語られてきたのがこの話題だ(表11)。市当局は新交通システム(AGT)「アストラムライン」を延伸させ地下に建設する案に決定した。しかし資金的な目処がたたない上にアストラムライン既存路線の不振もあり、コスト面で圧倒的に有利な路面電車案を完全に捨て去ることもできない。かくして歴代の市長は判断を避けて先送りを重ねている。

とりあえず、選択肢として「地下鉄」「AGT(地下)」「AGT(高架)」「現状の路面電車」「LRT」「バス」の6つについて比較表を作ってみた。なお、「環境負荷」「耐震性」については私には判断できないのでここでは省く。


(表11)のようにまとめてみると、この問題の核心は「速達性」をどの程度重視するかという一点に集約される
交通計画上は如何に早く都心にアクセスできるかを考えてプランニングを行うのだが、注意すべきなのは世界的に前例のない人口減少と高齢化だ。
つまり、交通プランナーは既存のインフラが使える場合は極力使いB/Cの最適化を狙うこと、「時間はあるが足腰が弱い」人が急増し速達性が絶対的な価値でなくなるパラダイムシフトを敏感に感じること、が必要となろう。

総合的に考えて、西広島−都心間のアクセス手段にはLRT敷設が最有力だと思うが、本当はそこだけ見ていてはダメで、上位計画としてのTDMを機能させることが理想的だ。
地下鉄 AGT
(地下)
AGT
(高架)
現状の
路面電車
LRT バス
建設場所 地下 地下 高架 地上 地上
一部地下
なし
A 早く目的地に行けるか ×
B 時間通りに来るか
C 輸送力 ×
D コストの安さ × ×
E 駅間距離の短さ ×
F 乗りやすさ × ×
G ルートの分かりやすさ × × ×
H 路線変更の柔軟性 × ×
I 既存路線との接続 ×
J 車窓に流れる風景 × ×
K 都市景観的にどうか ×
#13:相互比較表
●A:早く目的地に行けるか(速達性)
 LRTの場合、自動車交通との交錯がひどい箇所については地下路線などを使う。とは言え、専用軌道にはかなわない。
●B:時間通りに来るか(定時性)
 これも専用軌道の圧勝。
●C:輸送力
 LRVの弱点は従来の路面電車よりも輸送力が低い点にある(写真#7)が、技術革新により近い将来克服されると思われる。
●D:コストの安さ
 建設費については、ケースにより誤差はあるが、1kmあたり地下鉄200億、新交通100億、LRT20億程度とされる。ただし、注意したいのがトンネルや高架橋のメンテナンス、人件費等のランニングコストだ。地下構造物のトータルコストは見当もつかないし、仮に新交通が自動運転になれば話は変わってくると思う。
●E:駅間距離の短さ
 確かに電車は乗ってしまえば速いけど、駅が遠いから結局バスと変わらなかった…なんてことになりかねない。駅間距離と速達性はトレードオフにあるからこれは微妙な問題だ。
●F:乗りやすさ
 これは路面電車・LRT・バスの圧勝だろう。階段を下りて、改札を通って、また階段を下りる…という煩わしさは地下鉄最大の弱点だ。特に高齢者が増えてくると低床のLRTが優位と言えよう。
●G:ルートの分かりやすさ
 地下鉄やバスは、パッと見てどこに路線があるのか分からないが、地上や高架の場合は「そこに鉄道がある」ことがすぐ分かる。無視できない要素だと思う。
●H:路線変更の柔軟性
 これはバスの圧勝。
●I:既存路線との接続
 広島の場合既に新交通と路面電車が存在するので、新規路線と既存路線を繋ぐ効果は大きい。
●J:車窓に流れる風景
 都市観光を考える場合、交通機関には必ずしもスピードは必要なく、むしろノロノロ進んでくれた方が好ましいこともある。目前の課題だけに集中しているとこういう視点を見落としてしまう。
●K:都市景観的にどうか
 地下を走る場合、景観を悪化させることはないが、良くすることもないので○とした。路面電車については評価が難しい。「あった方が美しい」「無い方が美しい」という両論が存在するためだ。


#14:広いグリーンベルトの中をゆったりと走るトラム。都心環状道路沿いとは思えない空間の豊かさがある。車窓からの眺めも楽しい。(ウイーン)
#15, #16:ウイーンの環状道路では電車は歩道沿いを走る。歩道がそのままプラットホームになるため幅員も十分。理想的なバリアフリー環境が実現しうる。
■おまけ1: 富山のLRT「ポートラム」

新規開業が話題になった富山の「ポートラム」は、旧富山港線というJRの廃線跡を活用し、まちづくり交付金などを活用して建設された。富山駅付近では自動車と並走するが大半は専用軌道であり、路面電車というよりは東急世田谷線に近い印象を受ける。

短い路線ではあるが、戦略的な経営がなされており、着実に地元のニーズをつかみつつある。
富山市の都市規模であればLRTは公共交通手段として最適のはずで、既存の路面電車路線とポートラムが接続されたときの相乗効果がどうなるか、自動車からのシフトが実現するか、今後に注目だ。
(写真#17-19)


#17:LRTの駅にバス停を隣接させ乗り換えの利便性を確保している。

#18:富山駅周辺だけ軌道に芝が植えられている。

 #19:右側のホームはJR時代のもので、撤去されず放置されている。
■おまけ2: 経験価値としてのトラム

ものすごく主観的な話になるが、私は街中をLRTが走り抜けていく風景は美しいと思うし、それを地下に隠すのはもったいないという立場だ。
風景資産としてトラムを考えるとは、つまり経験価値の最大化を目指すことだと思う。経験価値を理解するにはディズニーランドを想起すると早い。ディズニーランドはアトラクションというハードとキャラクターというソフトを組み合わせ、全体として「今私は夢の世界にいるという経験」を売っている(厳密に考えると、アメリカ文化という異文化を体験する効果がかなり含まれている)。経験を演出するための投資は惜しまず、ブランドを維持し続けている。
話を戻そう。車窓を流れる風景をぼんやりと眺める行為は、「他のどの都市でもない広島の街なかを移動する経験」である。経験するのが住民ならこの経験価値がいくら高くても現実の消費行動には結びつかないだろうが、相手が観光客なら話は違ってくる。移動という経験価値は無視できない観光資産に化ける可能性を秘めている。(現実の消費行動に結びつかないなら意味がないという議論は早計だが)
では、「他のどの都市でもない広島の街なかを移動する経験」を高めるには何が必要だろうか。
鉄道施設の意匠に気を配る、駅名プレートや切符のデザインにも気を配る。沿線の緑化や電線の撤去を行う…といったことだろう。車掌のアナウンスを全て広島弁にするのはさすがに媚びすぎかもしれないが、試す価値はある。もちろん、速達性やユーザビリティを犠牲にしない範囲で…の話だけども。






[参考文献・サイト]
1) 西村幸格+服部重敬(2000)「都市と路面公共交通」学芸出版社
2) 杉恵頼寧+牧野浩志+佐藤俊雄(2002)「広島の都心戦略・交通戦略」(社)中国地方総合研究センター
3) 路面電車とLRTを考える館 http://www.urban.ne.jp/home/yaman/
4) 検証:近未来交通地図 http://ken-show.net/

作成:2005/1/18 最終更新:2007/5/20
作成者:makoto 使用カメラ:CanonPowerShotG1, NikonD70
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