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アートイベントついでに音戸を散策。
DATA
■所在地:広島県呉市音戸町
■イベント期間:2004/7/31-2004/8/29
付近の地図(mapion)
音戸の瀬戸(おんどのせと)は呉エリアの南端に位置する海峡で、幅は約70m。この驚くほど狭い海峡を毎日多くの船が行き交っている。
音戸の町は本州から見て対岸に形成されている。1961年に架橋された音戸大橋の足下にあることから、水際の街区は大量の通過交通にさらされている。古い家々が良く残っているが、それなりに近代化されているため観光地になれるほどの”濃い”街並みではない。瀬戸の島々によくある集落の一つと言えよう。

2004年の夏、広島市立大学が中心となり、この音戸で古い家々を活かしたアートイベント「音戸アートスケープ-Genius Loci:2004-」が開かれるという情報を聞きつけ、さっそく訪問してみた。私の場合、正直なところアートそのものに興味があるのではなくて、(1)イベント期間中なら古民家にも入れるし、(2)街並み写真を撮っていても不審がられないし、それに (3)イベントが地域社会にどのようなインパクトを与えるのか見ておきたい…のが動機だ。

コメントは最後にまとめることにして、旅日記風に書いていくことにしよう。なお、アート作品そのものの写真は著作権に関わるのでここでは掲載しない。
音戸 -Genius Loci:2004-
O'ndo
[注意!]
掲載した場所はアートイベントの期間中のみ見学できた箇所がほとんどで、通常は当然非公開です。現地に行かれる際には住民の方々にとって迷惑となることのないよう、十分な配慮をお願いいたします。

#1:日本一短い航路「音戸渡船」の船上にて。濃密な、あまりに濃密な空間。

#2:この小屋が異世界への入口。

#3:ハイシーズンなので大人80円。

#6:渡った先で幟と看板がお出迎え。

#4, #5:音戸へ渡る。架橋後も渡船は地域にとって重要な”足”だ。対岸があまりに近いので、桟橋に立っていればすぐ迎えに来てくれる。

#7:海岸沿いの道路から一本入ると昔ながらの家並みが続く。

 #8:島に平地は少ない。通りから一本入ると急傾斜地になっていく。

 #9:銭湯の入口にあるのは石油ランプ?

#10:作品のある家には幟が立っている。木造三階!しかも入口は天守閣みたい!

 #11:木造三階の内部。アートそっちのけで内部空間を撮る。 「おにーさん、どこから来よったん?」 「こーゆーのしょーるゆーのきーて、わざわざ東京から来たんよ。」 「じゃったら案内しちゃろーか?」

 #12:おっと、こんなところにも作品が…。

#13:古い商家。ここでは何と人が住んでいる家に上がらせてもらって作品を鑑賞する。

 #14:老舗旅館の倉庫。ここにも作品がある。

 #15:古い理容院。中にあるのは…?

#16:音戸観光文化会館「うずしお」。合併前の駆け込み公共施設か? あってもいいけど無くてもいい、そんな建築。すぐ脇に清盛塚がある(1)

 #17:音戸の瀬戸。手前が呉。

 #18:音戸の瀬戸の空撮写真。上に行くと呉港。赤く塗ったのがイベントの対象エリア。
今回訪れてみて感じた点をコメントとして整理しておく。

(1)音戸の街並みはどうだったか?
木造三階など、キラリと光る建物が散見されるが、全体としては平均的なレベル。規模も小さい。ただし建物自体は古いので、アルミサッシやらトタンやらを剥がしてきれいに復元すれば、隠されていた「歴史的街並み」が姿を現すに違いない。そうすることがこの地区にとって幸せかどうかは別問題だけど。

(2)イベントの出来映えはどうだったか?
期間限定だったためか、あまり人が押し寄せていないためか、地域住民は極めて好意的だった。これは観光地化の初期、コミュニティの手弁当で対応できる程度の来客数であり「普段静かな町に人が沢山来てくれて嬉しい」状態と言えよう(2)。地域内の連携は十分で、”まちづくりイベント”としては成功といっていい。
これが一過性のイベントに終わるのか、直島のような展開を狙っているのかは定かではない。しかし間もなく音戸町は呉市へ編入合併される。呉・江田島・音戸エリアの一部として観光地を指向するのか、現在の静かな(車は多いけど)住環境を維持するのか、いずれ選択を迫られることになるだろう。

(3)アーティスト達は、本当にGenius Loci:と対話しているか?
このイベントの主旨は、その場所に棲んでいる地霊とアーティストが対話し、その場所でしか成立し得ないアートを作り上げることである。本当にそうなっていたかどうか?…は100%個々人の感性に帰結する話なので論評するのは間違っているかもしれないが、私の主観では全体的にまぁ良くできていたと思う。
中には「先に作品を作ってから展示する場所探したでしょ?」と思われる作品(←空き家を作品展示のショウケースと誤解している)や、「地霊じゃなくて内なる自分と対話しすぎたかな?」という印象の作品(←自分の作りたいものを作っているだけ)もあったが、「これはこの家の一部になったね」と感じられる”おさまりの良い”作品もあった。
でも、結局この日最も感銘を受けたのは「音戸渡船」だった。数え切れないくらい多くの人の往来を見守ってきた船の精霊はどんなアートにも勝っていた。
…いや、たかだか一人の人間が作ったアートごときに負けるはずがない。


[補注]
(1) 音戸の瀬戸は平清盛によって開かれたと伝えられている。西の海に沈まんとする夕日を清盛が扇で招き返し、僅か1日でこの水路を切り開いたという伝説は有名。
(2) さらに来街者が増えてくると、コミュニティの許容量を超えるため、いわゆる「観光客目当ての店」ができ、今度は住民に煙たがられるようになる。こうして「観光地」が形成されていく。

[参考文献・サイト]
1) 音戸町WEBサイト
2) 音戸アートスケープ Genius Loci:2004 公式サイト
3) 2004年8月1日付「中国新聞」記事

[行き方ガイド]
JR呉駅バスターミナル(そごう前)から音戸・倉橋島・見晴町方面のバスに乗り、「音戸渡船口」にて下車。そこから渡船にて音戸の町に渡る。詳しくは呉市営バスにて確認のこと。

作成:2004/8/20 最終更新:2004/8/24
作成者:makoto 使用カメラ:Nikon D70
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