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旧海軍の学舎。今も往時と同じ凛とした空気を保つ。
DATA
■設計 幹部候補生学校:John DIACK(ジョン・ダイアック), 大講堂:不詳, 教育参考館:山下寿郎
■所在地 広島県江田島市江田島町国有無番地
■用途 士官学校
■竣工 幹部候補生学校:1893年, 大講堂:1917年, 教育参考館:1936年
■構造 幹部候補生学校:煉瓦造2階, 大講堂:コンクリートブロック造平屋, 教育参考館:RC造2階
付近の地図(mapion)
かれこれ110年も同じ場所が全く同じように使われ、さらに建築群が現存している…日本国内にそのような場所がどれだけあるだろうか?
100年間同じ用途に使われているとしても建物が更新されていたり、逆に建物が残っていても同じように使われていることは少ない(観光地化された神社仏閣や伝建を想起されたい)のが通例であろう。だが、瀬戸内海に浮かぶ江田島の旧海軍兵学校では、建築群がそっくり残り、かつ往時と全く同じ凛とした空気が流れている。今となっては貴重な場所である。


”見学感想文”風にお送りします。

…広島港から高速艇で20分、さらにバスに揺られること5分。海兵にやってきました。パッと見た目、戦災の跡が見えません。周辺の街区割りも昔から変わってないようです。
内部を見るためには見学ツアーに申し込む必要があります。正門の守衛所(写真#2)で受付を済ませると、隣の建物(写真#3)に通されて自衛隊の紹介ビデオを見せられます。ビデオ上映後、ようやく出発。夏休みとはいえ平日の午前中なのに、参加者は50人くらいいます。客層は、OBらしき人、軍事マニアっぽい人、何も知らなさそうなおばちゃん集団や家族連れ …といったところです。今日はお盆休みということで学生の姿は見えません。食堂やショップ(写真#4)も休みです。残念。

そのまま進むと、大講堂の横に出ます。え?中は見られない? う〜ん、見たいなぁ。

続いて見えてきたのが旧生徒館(現 幹部候補生学校)。設計者のダイアックは、工部省鉄道寮建築長副役として来日し、後に横浜を拠点に活動したイギリス人建築家です。海軍は基本的に英国仕様なので、軍艦から建物まで英国風に統一されています(旧呉鎮守府司令長官官舎も同様)。最近リフレッシュ工事を受けただけあって、明るい色調の赤レンガが眩しいほど。このレンガも英国製で、一つ一つ丁寧に包装して軍艦で輸送した(レンガ1つが現在の価値で1万円もしたらしい)というエピソードは本当らしいです。 中をのぞき込んでみると、内部はまだ改装中でした。裏側にある連続アーチの回廊を撮りたかったのに…。本命を撮りそこなってかなり残念。

第1術科学校の前にはサッカーグラウンド2個分くらいの芝生が広がっています(写真#7)。ここの手入れは生徒が行うことになっているので、他の学校の芝生とは違う美しさがあります。

最後に「教育参考館」に案内されます。どうやら先方はここを一番見せたいようです。建築としての出来映えは悪くないのですが、ここでは東郷元帥や広瀬中佐がいまだに軍神であるようです。こんなところまで旧海軍を引き継いでいるとは驚きです。

教育参考館を出た後は正門まで戻って、解散となります。敷地内には他にもいい感じの建築があるようですが、見ることができず…。


自衛隊は「ここは観光地ではない」と言っているが、既に観光地になりつつある。江田島から見て対岸にある旧呉海軍工廠は民間企業が使用しているものの今でもその威容を見ることができる。これらをセットにして、呉・江田島エリアを浮揚させる観光プランを考えてはどうだろう。戦争をしない海軍の施設なのだから、教育環境に支障のない程度での観光地化は考えた方がよいと思う。



基礎知識-海軍兵学校とは-
海軍兵学校(海兵)とは、海軍士官を養成する機関である。帝国大学や陸軍士官学校と同レベルの試験で選抜され、江田島で3年間の高等教育を受けると少尉からスタートする。ヒラの水兵から少尉に昇進するのは大変なことだったから、彼らがエリート集団であったことが分かるだろう。
当初海兵は東京築地に設置されたが、アメリカのアナポリスを視察した伊地知中佐(当時の海兵次長)が繁華街に近くては教育上不都合が多いと主張し、1886年(明治19年)江田島に移転することが決まったようだ。以後終戦まで士官の養成を続け、江田島の海兵は米海軍のアナポリス、英海軍のダートマスと肩を並べる教育機関として知られていた。戦後、連合軍の接収が終わってからは海上自衛隊の学校になり、現在に至っている。陸・海・空の中で海上自衛隊は、時に確信犯に思えるほど、際立って旧軍との繋がりを意識する組織だ。軍艦旗も、セーラー服も、そして校舎も昔の面影を残している。
海上自衛隊第1術科学校・幹部候補生学校/旧海軍兵学校
First Service School of JMSDF* / Old Imperial Naval Academy
(*Japan Maritime Self Defence Force)

#1:海軍兵学校の本来の正門である桟橋の方向から見ると最も美しくなるように建物が配置されている。背後にそびえるのは古鷹山。左の建物(第1術科学校)は建て直されたが、従前のデザインを踏襲しているので違和感は少ない。

#2:まずは受付を済ませます。

 #3:ここでビデオを見ます。

#4:本当はここで食事したり、土産を買ったりできます。

 #5:大講堂(1917年・設計者不詳)

#6:大講堂。生徒館側の壁面。

 #7:第1術科学校

#8:幹部候補生学校(旧生徒館)

 #9:幹部候補生学校ファサード

#10:戦艦陸奥の主砲塔(1)

 #11:今も昔も船乗りの基本はカッターです。

#12:教育参考館(1936年・山下寿郎)

 #13:教育参考館の横には甲標的が…

#14

#15

[補注]
(1) 戦前の近代化工事の際に取り外されたもの。沈没した柱島沖で引き上げられたわけではない。


[参考文献・サイト]
1) 「江田島の海上自衛隊」(見学時の配付資料)
2) 山口廣+日大山口研究室(2002)「近代建築再見(下巻)」エクスナレッジ pp174
3) 海上自衛隊第1術科学校オフィシャルサイト
※参考文献ではないが、かわぐちかいじ氏(広島県人)の漫画「ジパング」の8巻に江田島が登場する。読んでみると面白いかも。

[見学ガイド]
●見学ツアー以外の方法で敷地内を見学することはできない。事前予約は不要(20人以上の団体なら要予約)だが、ツアー出発の30分前までに術科学校の正門付近で受付を済ませなくてはならない。所要時間は90分。建物の外観は自由に撮影できるし、開いていれば敷地内のレストランも利用できる。
●見学ツアーの出発時間は以下の通り。( 平日:10:30, 13:00, 15:00 休日:10:00, 11:00, 13:00, 15:00 ) くわしくは第1術科学校のサイトを参照のこと。

[行き方ガイド]
船の場合、広島港または呉港から高速船で小用(こよう)港に渡り、そこからバスに5分ほど乗って「術科学校前」で下車。船の運行状況や時刻表は「みなとナビ」で確認できる。
車の場合、音戸大橋と早瀬大橋を渡って陸路で行くことができる。駐車場は術科学校内の駐車場を利用可。

作成:2003/8/13 最終更新:2003/8/23
作成者:makoto 使用カメラ:Canon PowerShot G3
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