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オールド広島を語れる大規模かつ唯一の遺構。再利用を望みたい。
DATA
■設計:不詳
■所在地:広島県広島市南区出汐2-4-60
■用途:倉庫
■竣工:1913年
■延床面積:各6427平米
■構造:RC造煉瓦貼り3階
付近の地図(mapion)

被服廠とは文字通り軍服や軍靴を製造する工場であり、この倉庫は大正二年に竣工している。極めて強靱な造り(壁の厚さは60センチ)が幸いして被爆時にも倒壊することはなかった。

実際に行ってみると、鉄扉は何と当時の爆風で曲がったまま放置されており(写真#2)、すっかり廃墟と化していた。
外観を見るとレンガ造のように感じられるが、建物本体はRC(鉄筋コンクリート)造だ。RCとしては国内の最古級に入るので、建築史の見地からも残す価値は大いにある。

2009年夏のアートイベント時に敷地内に入ってみたところ、裏側は植物が生い茂っており状態が悪いことに驚かされた(写真#5)。管理者である広島県が耐震改修する資金がないとして解体を検討しているとの情報があるが、早急に保存修復に向けた道筋が出なければ本当に解体されてしまうかもしれない。


解体を許容できない理由

私の個人的な見解として、この倉庫群は原爆ドームと同レベルで捉えるべき価値がある建物であり、解体はありえないと考える。
というのは、軍都の面影を残す大規模な遺構はこれが唯一だからだ。
歴史というものは博物館や書物で学ぶだけでは不十分で、「軍都広島がいかに大規模なものであったか」「その結果が現代にどう繋がっているのか」を知るには、こういった遺構を残しておかなければ真の理解は得られない。これが無くなってしまうと、「広島が軍都として発展したと本に書いてあるけど、イマイチ実感わかないんだよね。」 ということになる。本はいくらでも捏造できるが、(平和塔でも書いたように)目の前に現に存在する建物は事実そのものであり、決して嘘をつかない。
いずれは被爆者の数がゼロになる日が必ずくるわけで、被爆建築(かつ軍都の遺構)を軽はずみな気持ちで壊してしまうと、被爆都市という事実すら”頭では理解するが実感がない”ことになりかねず、それは広島として看過できないのではないか。


活用策はやはりアートか

この建物は立地が良くないので(だから今まで生き残れたとも言える)、商業的な活用は難しい。となると、現代アート以外にはあるまい。
例えば、4棟中1棟は貸しギャラリー&カフェに改装して、残り3棟に3人のアーティストを割り当て、内部空間と対話しながら、広島をテーマとする作品を製作してもらう。広島の被爆建築と聞けば、ギャラが安くてもアーティストは世界中から集まってくれるはずだ。
入場料を一人1000円にして年間5万人来れば年収入はたかだか5千万。貸しギャラリーからの収入を加えてもイニシャル(耐震改修費用)を賄えるオーダーではないが、こういった活用策が何らか出てこないものだろうかと切に願う。


[参照:軍都としての景]




[参考文献・サイト]
1) 広島市+被爆建造物調査研究会(1996)「ヒロシマの被爆建造物は語る」広島平和記念資料館 pp198

[行き方ガイド]
路面電車: 広電「皆実町6丁目」電停から徒歩12分
バス: 調査中
旧陸軍被服支廠倉庫
Former Army Clothing Depot

#1:南側道路沿い壁面。

#2:西側壁面。鉄扉がかなり変形している。

#3:西側壁面

#4:ちょうど写真#1の裏側にあたる。足下の突出部はカーポート?

#5:裏側の状況は良くない。早急に保存修復に着手すべきだ。

#6:
作成:2000/5/18 最終更新:2009/8/18 作成者:makoto 使用カメラ:Nikon D90
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