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EAST DELTA INDEX
現代のスタイルになる前の過渡的な集合住宅。
再開発に消える直前の姿を見る。
DATA
[2008年取り壊し・現存せず]
■設計:不詳
■所在地:広島県広島市東区若草町
■用途:集合住宅
■竣工:1951-1952年(昭和26-27年)
■規模:
■構造:RC造
■付近の地図(mapion)

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広島駅北口(地元では新幹線口と呼ぶ)近くに建っていた市営アパート。このアパートを含む若草町エリアでは市街地再開発事業が施行され、既にこれら住棟群は失われている。ここでは除却直前の姿をレポートする。

まずはこの建物の背景について簡単に。
終戦直後の混乱期を経て本格的な復興の途についた1940年代末〜1950年代、慢性的な住宅不足に対応するため、全国各地に木造及びRC造の公営住宅が建てられ(*1)、続いて日本住宅公団(現在の都市再生機構)により中所得者向けの「団地」が供給された。広島市内の古い公営住宅としては、「若草アパート」「平和アパート」「県営基町アパート」「京橋会館」などがある。

さて、建築マップのメンバーでもあるtks氏 2) によると、この若草アパートの設計タイプは1950年度策定の「標準設計50B型」(*2)であるらしい。50B型の居室は続き間(部屋の間に壁を設けず襖で仕切る)になっている。つまり外観は近代的なアパートだが、間取りは「土間+茶の間+座敷」という伝統的日本家屋の影響が強い、いかにも過渡期らしい建物だったと思われる。(*3) 多くの家電や家具が必要な現代の生活スタイルへの対応は難しかっただろう。

広島駅の北側は元々陸軍の広大な練兵場で占められていたため、低密な利用形態になっておりポテンシャルを活かせていない。時を経て味わいが出てきた建物がまた失われるのは残念でならないが、建て替えて良かったと思える施設に再生することを今は願いたい。

若草アパート 市営若草住宅
Wakakusa Apartments

#1:通り沿いに住棟が二列に並ぶ。

#2

#3

#4

#5

#6:この若草エリアもまもなく再開発に消える。奥に見える高層建物は駅に隣接するホテル。
[補注]
(*1) 広島市内でのRC造公営住宅第1号は「平和アパート(1949年)」とされ、まだ現役で使われている。
(*2) 公営住宅は国庫補助のもと地方自治体が建設する、いわゆる「市営住宅」「県営住宅」である。しかし自治体の設計能力にはばらつきがあり、また限られた資材で高効率かつ文化的な生活を保障する住宅を大量供給する必要性から、国が全国一律の設計である「公営住宅標準設計」を作成し、それに基づいて同じような間取りの建物が全国に建てられていた。50B型とは1950年度に作成された、二番目に広いタイプと思われる。若草アパートは南側にエントランスがあるので、正確には「50BS型」。ちなみに有名な「標準設計51C型」は1951年度の策定で、食寝分離を促すダイニングキッチンが初めて登場した。
(*3) 居室内を見たわけではないので、本当に続き間だったかの確認はしていない。

[参考文献・サイト]
1) 広島市(1996)「図説戦後広島市史 街と暮らしの50年」
2) ALL-A (tksさんのブログ)
3) 鈴木成文(2006)「五一C白書 私の建築計画学戦後史」 住まいの図書館出版局

[行き方ガイド]
[電車] JR広島駅北口(新幹線口)より徒歩3分
[バス] 未調査
作成:2007/5/20 最終更新:2008/1/12
作成者:makoto 使用カメラ:NikonD70
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